« 雷サージによる被害と対策 | メイン | 魚雷 »

黒紋付羽織

明治時代 - 昭和50年代まで既婚女性に広く使われた羽織。男性の紋付羽織は、黒一色だけであるが、女性の羽織は黒一色と絵の入った絵羽織の2種類があり、背中側に紋を一個だけ染めた物。絵羽織には紋を付けない物もある。どんな着物でもこれを羽織れば礼装となる、と言うもので主婦には重宝された。黒の絵羽織は、昭和50年代までは学校の入学式・卒業式の付き添いの母親の制服的な存在であったが、その後一気に衰退し、現在は滅多に見ることがない。

江戸時代には、黒一色で五つ紋が入った色無地は庶民の間では喪服ではなく礼服として使われていたので、黒紋付羽織が広まる土壌があったと考えられる。
手のひら
おどろき情報生活ナビ
はばたけ洒落暮らし情報サイト
快適生活バックアップ情報サーチ
女性の生活検索エンジン
全国通販情報ガイドサーチ
変革生活情報検索エンジン
ダイレクと生活情報ナビ
子育て暮らし生活情報ナビ
かわいいネイルでオシャレ

大正時代から昭和の初期にかけて、振袖が未婚女性のおしゃれ着として着用されることが流行した時期があった。この頃には振袖の羽織を振袖の上に着用することも行われた。振袖の打掛がヒントになったと思われる。現代では振袖に羽織を着用することはなく、上着を着る場合はコートである。

明治時代、羽織は立派な着物の代名詞であった。このため、良い身なりをしていながらゴロツキのような行為をする者に対して「羽織ゴロ」という言葉が使われた(内田魯庵「社会百面相」など)。また、草創期の零細新聞社は、社会的影響力をもって脅迫まがいの行為を働くこともあったことから、新聞記者に対して「羽織ヤクザ」という言葉も使われた。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.kftrii.com/blog/mt-tb.cgi/695

About

2009年11月13日 13:43に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「 雷サージによる被害と対策」です。

次の投稿は「魚雷」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.35